『ドリアン・グレイの肖像』(英原題:The Picture of Dorian Gray)はハンガリー出身のピアニストであるアーヴィン・ニレジハージ Ervin Nyiregyházi (1903-1987) によって作曲されたピアノ用作品で、オスカー・ワイルド Oscar Wilde の同名小説に触発されて書かれたものである。1920年にニューヨークに移り住んだ頃、ニレジハージは英語が不得手だった。トラブルを起こして英語の話せるマネージャーから見捨てられてしまうと、いよいよ英語に不安を感じた彼は1921年に「ドリアン・グレイ」と英独辞書を買い込んでこの作品に没頭し、一週間で読み終えると英語をマスターしてしまった。以降、リストと同様に「ワイルドは私にとっての神となった」と彼は語っている。その言葉通りに彼は「ドリアン・グレイ」から多くの影響を受けた。話す英語はワイルドから強く影響を受けた、きわめて正確で文語的な美文体になった。価値観の点でもワイルドを崇拝するようになり、自身でもそれを実行したし、そして正当化しようとこころみた。
このようにしてこの作品を「発見」した彼は、すぐに「ドリアン・グレイ」の作曲にとりかかった。作曲は1921, 1939, 1945, 1947年の断続的な4回の作業に分けておこなわれ、1947年に最終的な完成を見るころには4000小節を超える長大な作品となっており、彼はこれを自身の最高傑作と考えていた。長らくこの楽譜は失われたと思われていたが、2018年に再発見され、8年後の2026年にようやく日の目をみることになった。
「ドリアン・グレイ」は小節数にして4000小節をかぞえ、おそらく演奏に4時間弱はかかる長大な単一楽章制幻想曲である。当初は交響詩として構想されたが、作曲者自身の手によってピアノ用に編曲された。そのためか、管弦楽的な書法も多く見られる。音楽は基本的に原作小説のプロットに沿って進行し、単一楽章ながらも随所でストーリーに合わせた一応の切れ目があるようだ。ニレジハージ自身は「純粋に描写的な音楽というのはただのゴミだ!」と言ってありがちな標題音楽を軽蔑したが、この作品は大部分で原作小説に忠実であるという点で、彼の作品の中では珍しい部類に属するものである。
以下の部分では、楽譜校訂者による解説なども参考にしつつ、この作品に関する筆者の個人的な解釈を述べていくことにする。解釈を述べるにあたって都度小節番号を記載したが、この文章を理解するためだけに一万円もする楽譜を購入しろというのはあまりに不親切だしわりにもあわないと感じるので(非常に申し訳ありませんが、著作権の切れていない作品なので譜例を載せることはできない)、筆者お手製(!)による機械演奏の動画にもとづいて再生時間を併記した。なお、小節番号はすべて2026年初版の記述に準拠するが、現時点で番号の飛びが散見されるので、今後の改訂で微妙に番号がずれる可能性がある。
まず、この曲は原作の展開に従って以下の7つの場面に分けることができると考える。原作のストーリーについてはここでは必要な部分しか触れないので、ごく簡単にでかまわないので事前に把握しておくことが望ましい。なお、それぞれのタイトルについては特記ない限りは筆者独自の解釈である。標題的タイトルのうち、楽譜に明示されているものについてはアスタリスクで示した(それ以外の標題性のない楽想記号についてはこの限りではない)。
目次
1. ドリアン・グレイの肖像 (bars 1-327)
2. シビル・ヴェインとの情事、そして自殺 (bars 328-745)
3. つかのまの間奏曲 (bars 746-1356)
4. ドリアン・グレイの殺人 (bars 1357-1845)
5. 行ったり来たり、ジェイムズ・ヴェイン登場 (bars 2844-3218)
6. 行ったり来たり(続)、終わりに向かって (bars 3219-4084)
7. ドリアン・グレイの自殺 (bars 3713-3742)
ここに記されているのは原作小説冒頭の一文で、この部分の音楽は「ブルドン音」the bourdon note を示していると思われる。この強烈な主題はあとでもう一度だけ登場するのでよく覚えておくこと。 |
原作の「ブルドン音」と同じページに書かれたバジル Basil Hallward のアトリエにある日本の装飾に対する言及に触発されてか、ニレジハージは(彼自身の考えるところの)日本の音楽を書いている。この部分は楽譜の指示に従うとあまりに速すぎるテンポになってしまうのだが、テンポに関するニレジハージの指示は必ずしも物理的な速さを反映していないことに留意されたい。
「日本の音楽」に続く127小節以降の部分は、ヘンリー卿 Lord Henry Wotton の影響下にあるドリアン・グレイ Dorian Gray の行為と精神の変容を描写していると考えられる。ここに関してこれ以上特に言うことはないが、この部分も「ブルドン音」と同じくもう一度登場するのでよく覚えておくこと。
この部分ではシビル・ヴェイン Sibyl Vane との情事が描写されていると考えられる。最初は左手のみの独奏で始まり、345小節からの p dreamlike を経て425小節の Tempo "Andante Moderato", con grande sentimento. mf-f espr. へ至る。ここからの部分はおそらく曲中で最も明るい部分の一つで、不自然なまでに明るく、その明るさが逆に不穏で筆者には苦しく感じる。この部分の主題を仮に「シビルのテーマ」と呼ぶが、この主題はこれ以降にも何度も再現されるので覚えておくのが望ましい。技術的には、右手の旋律の遅延や分散和音などの演奏上の工夫が楽譜上で詳細に指示されており、いずれもニレジハージ自身が好んで用いた奏法である。
幸せもつかの間、徐々に曲調はかげりを見せ始める。特に639小節の Con molto sentimento e lamento, mp - mf からは顕著であり、二人の関係が終局に向かっていることがはっきりと見て取れる。656小節の incalzando ではついに感情が爆発し、破滅へ突き進む情景が鮮明に目に浮かぶようだ。この incalzando の強弱やテンポ変化は筆者の自動演奏では打ち込みソフトの制約のために月並みなものとなっているが、実際に演奏する場合はもっと激しく変化させてよいと思う。
696小節からの部分ではトレモロが効果的に使われていて、音を聞くだけで死を予兆するような不吉な印象を受ける。以降の音楽はあまりにも不自然で強引な盛り上がりを見せ、そして唐突なピアニッシモをもって「死ぬように終わる」(ちなみにこの部分の楽想記号は flebile, perdendosi である)。おそらく死んだのだろう。原作では、シビルが自殺する場面に該当すると思われる。ところでこの曲は原作に従って「死ぬように終わる」部分が少なくとも4回登場するのだが、どの場面も圧倒的な描写力で書かれていて、聞いていて背筋を冷たいものが走る感触さえ覚えるほどである。簡単な要約だけ先に書いてしまうと、一人目から順にシビル、バジル、ジェイムズ、そしてドリアンである。死因はそれぞれ、自殺、ドリアンによる殺人、猟師による誤射、そして自殺となるが、ニレジハージは各々の死に方の違いも明確に描写しており、その点も意識して聞くとより面白いのではないかと思う。
この部分は推測の根拠に乏しく、はっきりとは断言できないが、原作の展開をヒントにするなら簡単に次のようなことが言える。シビルが自殺した後、ドリアンは何事もなかったかのように平気な顔をして観劇に出かける。それを見たバジルは彼の行動を咎め、「肖像画に変わったところはなかったか」と問う。帰宅して肖像画を見たドリアンは絵の中の自分が醜く老いていることに気付き、それが他人に見つかることを恐れて屋根裏部屋に隠してしまうのだった。順番的にいえば、原作ではこの部分に該当するのではないかと思われる。
746小節から始まるこの場面は終始まったく掴みどころのない曲調である。先の部分に引き続き分散和音と左右のタイミングをずらす奏法が多用されるが、弛緩したテンポのピアニッシモで始まったかと思えば、824小節から徐々にテンポを上げ、さらに839小節の唐突なフォルテシモで曲調を変化させる。こうした展開の仕方にはやや強引さを感じ、また虚勢のような雰囲気もある(おそらくどちらも意図したものだろう)。
964小節の f espr. からはシビルとの情事を回想するかのように彼女の主題が再現される。988小節に dreamlike と書かれているように、これはアヘンの幻覚で見た夢なのかもしれない(これのわずか二つ後の小節には dark とあり、楽想の点でも一筋縄ではいかないことがわかる)。続く1000小節では Like a Funeral Procession「葬送のように」とあるが、これは誰のための葬送だろうか。ここでは結論を出さないが、少なくともドリアンの死まではさらに3000小節を待たなければならない。
with "stealth"「隠れて」という文言から、おそらくドリアンが肖像画を隠した場面に該当すると思われる。以降は次の場面まで切れ目なく演奏され、シームレスに殺人の場面へと移行する(ニレジハージが友人を前にして「威嚇するようなうなり声を上げて」「目をいたずらっぽく輝かせながら」語ったところによれば、殺人の場面は「じつにちょっとしたもの」なのだという)。
4.1. The Dark Summons* (1357-) |
The Dark Summons「暗い召喚」というのはおそらくドリアンが久しぶりに訪ねてきたバジルに対して肖像画を見るように誘っている場面なのだろう。醜く変貌した肖像画を見たバジルはドリアンを非難し、逆上したドリアンはその場でバジルを刺し殺してしまう。とはいえ、この部分は曲調からして何かよくないことが起こっているのは説明するまでもないかもしれない。
4.2. fff (grim, terrific battle)
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1357小節からここに至るまでの部分は二人が口論する様子で、1527小節からの音楽はそのものずばりの瞬間を描写しているのだろう。三段譜の最下段に配置された Cymbal deep, heavy の音はここを含めて二回登場し、刃の刺さる瞬間の鈍い音を聞いているようにも感じられる。1720小節から始まる Twice as slowly では目に見えて抵抗力が衰えたように思われ、激しさを残しつつもその先に待つ確実な終わりを予感させる。さらに続く1767小節 (Slow alla breve) で八分音符の音価で弾かれるトレモロはあまりにも不吉であり、まさに虫の息といったところである。そしてここでも音楽は「死ぬように終わり」、間髪を入れずに次の場面へと展開する。
5.1. espr. (Liberating) (1846-) |
重苦しく劇的な殺人のシーンから一転して希望にも似た音楽が唐突に訪れる。 Liberating というのは、肖像画の秘密を知る人間を消したことで解放感をおぼえているのか。この部分の低音の旋律は見かけ上は16分音符で書かれているが、文字通りに読むと音価の計算が合わないので連符と解釈するべきだろう。
5.2. The Light* (1922-) 1:42:22 |
光。突然闇が晴れたかのように希望に満ちていて、唐突で感傷的な音楽。だが不吉な雰囲気ではない。作品中で最も希望的で明るく、そして最も意味不明な部分である。原作の展開と照らし合わせても、これが何を指すのかまったく定かではない。
やがてまた音楽は闇へと戻っていくが、そのなかで何度もシビルの主題が再現されているようである。しかしながらそれは断片的で、まだたしかな形を持たない。決定的になるのは2460小節 Fast (Furioso) (molto energico). f - ff 以降の部分である。楽譜に記載はないが、ここに至って執拗に反復されるシビルの主題は、彼女の仇を取りにやってきた弟ジェイムズ・ヴェイン James Vane の登場を暗示しているのだと考えられる。2476小節には ff marziale「戦争の」の文字が見え、これは復讐の成就を目前にしたジェイムズの心情を描写したものと考えて矛盾はないだろう(marziale は音楽用語としては「行進曲風に」「勇壮に」と訳すのが正確だが、原義では戦争の意味を含む。ニレジハージがここまで意図して書いたかどうかはわからないが、少なくともこの主題からそうしたイメージを読み取ることは可能だと感じる)。ところが2818小節に続く部分で突然それまでの勇壮な音楽が暴力的なトレモロによってかき消され、またしても音楽は「死ぬように終わる」。ドリアンが姉の仇であると確信したジェイムズは郊外のパーティまで彼を追いかけてくるのだが、兎狩の誤射によって命を落としてしまったのだ。意識していると、断末魔の叫び声や猟銃の銃声さえ聞こえてきそうである。
6.1. Senza Tempo. slow, abrupt f - ff
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20分ほどの短い場面だが、短時間の間に何度も救済を提示しては闇に戻っていき、非情な緊張感を強いられ落ち着かない。文字通り二つの間を行ったり来たりしていて、希望とも絶望ともいいがたい雰囲気。この比較的小規模な部分を経て切れ目なく音楽は終わりへと向かう。2900小節 Senza Tempo. violent, not fast, non legato では冒頭の旋律が変形されて繰り替えされるが、ここでは左右でまったく同じ高さの音を弾くように書かれている。解釈に迷うところだが、実演なら左手をオクターヴ下げてもよいと思う(楽譜通りに弾くならピアノが二台必要になる)。
6.2. Starlit Night* (3021-) 2:43:37
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星降る夜。この部分でも一瞬救いのようなものが提示されるが、すぐに闇へと戻っていき、その足で曲全体のクライマックスへ突入する。The Light とまったく同じように、ここでもタイトルが何を指しているのかは一切不明。また、ここでもおなじみの分散和音や右手の遅延が多用されている。
7.1. Dorian Gray's suicide* (3219-)
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ドリアン・グレイの自殺を描写した部分で、ドリアンの感情を反映してか、曲中でも調性やテンポの変化が最も激しい。ここでは一小節ごとに転調するようなことも頻繁に見られる。
7.2. The Toll. Deep Gong* (3287-) 2:59:34 |
「深い銅鐸」への「通行料」である。これも原作小説には言及のない文句だが、ここから「運命がドリアンを追い詰める」といった連想をすることは比較的容易であるように思われる。この直後の3295小節では Much Faster (Hysterical) の指示があり急激に加速するが、その次の小節 Again slow (like preceding the last bar) ですぐに元のテンポに戻される。具体的な数字の指示はないが、筆者は四分音符で60, 300, 60のような順でテンポを変化させた。3771小節の grave f は「重々しくゆっくり」を意味する速度記号なのか、それとも一般的な英単語として「墓」を意味するのか判然としない。ここでは速度記号として解釈した。
7.3. The bourdon note of the distant organ.* (3713-3742) 3:21:47
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およそ20分の前半部を経て、終結部の折り返し地点にあたるここで再び「ブルドン音」の音楽を登場させることで曲全体の締めくくりとしている。これに続く別の主題の再現部もあわせてじつに感動的で、それはとんでもなく絶大なカタルシスであり、もはや神々しくさえある。この瞬間のためだけに3時間強の長大な序奏があるといっても過言ではないだろう。
しかしその後には何があるだろう。何もないのである。すでに四段まで拡張された譜面は暴力的なトレモロと和音を執拗に演奏するばかりで、もはや音楽としての必要最低限の形をなしていないように見える。少なくとも、そうするつもりがないように見える。音楽は最期の瞬間までたいした感傷も感慨もなく、そして今度こそ「死ぬように終わる」。音楽を聴いていてここまで完全な虚無に襲われることはまれである。そこには今や枯れ果てて醜くなった老人と、かつての美しさを取り戻した肖像画があるばかりであった。ドリアン・グレイの死を心底悲しんだ者がどれだけいただろうか。少なくとも、ニレジハージの葬式で彼のために泣いてくれた人間はほんの数人であった。ここで彼が大好きだったというワイルドの言葉を引用することで、本稿を終えることにする。最後に、ここに書いたものはいずれも個人的な解釈の域を出ないものばかりだが、すこしでも今後この作品を取り上げようという志ある音楽家の皆さんの一助になれば幸いである。
(1854-1900)
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And in how mean a market are we sold! When we are born our mothers weep, but when We die there is none weep for us. No, not one. -OSCAR WILDE, A Florentine Tragedy |
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それに、なんてしみったれた市場で売られていることか。 おぎゃあと生まれたときには母親たちは涙を流してくれるものだが、 死ぬときには誰も泣いてくれはしない。誰ひとりとして。 ――オスカー・ワイルド、『フィレンツェの悲劇』 |
Ervin Nyiregyházi (1903-1987) |
参考文献
Bazzana, Kevin. (2007a). LOST GENIUS: The Curious and Tragic Story of an Extraordinary Musical Prodigy. Da Capo Press.
Bazzana, Kevin. (2007b). LOST GENIUS: The Story of a Forgotten Musical Maverick. Da Capo Press. (バザーナ, ケヴィン. (2010). 鈴木圭介(訳)『失われた天才 忘れ去られた孤高の音楽家の生涯』春秋社)
Nyiregyházi, Ervin. (1947). The Picture of Dorian Gray (inspired by Oscar Wilde's novel). Bazzana, Kevin., Sawado, Tomoyuki., and Ezaki, Shota. (Eds.) (2026). MUSE PRESS.
Wilde, Oscar. (1890a). "The Picture of Dorian Gray". Lippincott's Monthly Magazine. J. B. Lippincott & Co.
Wilde, Oscar. (1890b). The Picture of Dorian Gray: An Annotated, Uncensored Edition. Frankel, Nicholas. (Ed.) (2011). Belknap Press.
Wilde, Oscar. (1908). "A Florentine tragedy". Salomé: A Florentine tragedy; Vera. Methuen.
| 主要参考図書書影 | LOST GENIUS (原著)![]() |
『失われた天才』(和訳)![]() |
The Picture of Dorian Gray (楽譜)![]() |