サクラニツカヤ雑感
「”そろえる”とか”ととのえる”とかいうのは、いったいなんのことだ? それは、音楽をするうえで必要なことなのか?」
——リサーワ・サクラニツカヤ
1912年ごろ、
モスクワ音楽院にて。
上に引用した言葉はサクラニツカヤの音楽観をなによりも雄弁に物語るものであり、と同時に多くのリスナーをふるいにかける言葉でもあります。この言葉にたいして拒絶反応を示すかどうかで、彼女の音楽との相性はほとんど決まったようなものでしょう。サクラニツカヤは一般に技巧派のピアニストとして知られますが、ミスタッチの多いピアニストでもありました。実際ショパンのスケルツォ2番では最後の音を盛大に外していますし、ラフマニノフのピアノ協奏曲3番にいたっては数小節別の調で弾いてしまった録音があります。こういうことを書くとサクラニツカヤは技巧派ではないのではないか、と思われる方もおられるかもしれませんが、けっしてそうではありません。指が回ることとミスが多いということとは、必ずしも背反のものではないのです。
そも、世間で「超絶技巧」の栄誉を授けられるピアニストには大別して二種類の人間がいます。ひとつは、ホロヴィッツやシフラのような、指の回るにまかせてとにかく好き放題弾きまくるピアニスト。もうひとつは、ニコライ・ペトロフのような正確無比の演奏をするピアニスト。前者はたいてい限界に挑戦しているのでミスタッチも必然的に増えることになります。後者は——というかほとんどペトロフ個人の話ですが——彼らにとってミスタッチは最悪の事態であり、どれだけ良い音楽表現をしていても、それだけですべてがだめになってしまうと考える傾向にあります。「ミスをするぐらいなら死んだ方がましだ」といった具合です。
そしてサクラニツカヤはまぎれもなく前者、ホロヴィッツやシフラといったヒステリー系ピアニストの系譜に属する人間でした。先にも同じようなことを書きましたが、ミスが多いということは、必ずしも技術のないこととイコールではないのです。そもそも指が動いていないとか、そういうのは技術が足りないということになると思いますが、ミスが瞬間的な不注意に由来するものなら、それは技術が不足しているわけではありません。その証拠に、奇跡的に「そろえ」て「ととのえる」ことに成功した演奏もないではありません(まあほとんどありませんが)。サクラニツカヤは、楽譜通り正確に弾けなかったのではありません。やろうと思えばできたのですが、そもそもそういう演奏をすることに興味がなかったのです。
サクラニツカヤはとかく謎の多い人物です。そもそも出自からしてはっきりしない点が多く、わかっているのは母親のウィシーナがポーランド系ロシア人であることぐらいです。彼女の名前が最初に登場するのは1911年で、これが最古の演奏会の記録です。チャイコフスキーのピアノ協奏曲1番を弾いて華々しくロシアデビューを飾った彼女ですが、これはリハーサル中に失神したピアニストの代理だったそうです。あまりにもできすぎな展開で、講談社だか集英社あたりに持ち込んだら即ボツを食らいそうです。
要はいきなり出てきたよくわからない若者がいきなり名声を勝ち取ってしまったわけですが、それ以前はいったいどこで何をしていたのかもわかりませんし、どこで生まれたのかもよくわかりません。
彼女の演奏にも国籍のはっきりしないようなところがあり、たとえば彼女のショパンはポーランド系にしては郷愁といったものを感じませんし、ロシア人にしては芝居がかかった雰囲気というか独特のねばっこさがありません。また、ピアノ演奏を師事した相手についてもいまだに明らかになっておらず、G.ネイガウスに師事したということがずっと言われていますが、ネイガウス・スクールどころかモスクワ音楽院に在籍していた記録自体が存在しませんし、証言の類いもありません。ローゼンタールやコチャルスキに師事したという説もありますが、こちらはもっと信憑性が薄い、単なる憶測の域でしょう。母親のウィシーナもピアニストだったそうなので、まあ母親に教わったというのが最もありえそうなところでしょうか。
かくいう母ウィシーナも眉唾な噂があり、ショパンやリストにピアノを習ったとかいうことが言われています。これに関しては本人が言っていたことらしいのですが、こちらもやはりショパンやリストにそういう弟子がいたという証言は皆無です。娘の方も晩年は「ショパンとリストに習った」などと物理的にありえない虚言をうわごとのように漏らしていたそうですが、もしかするとこの虚言癖は母親譲りだったのかもしれません。
ところで、サクラニツカヤは写真がほとんど残っていないということをご存じでしょうか。じゃあ上の方にあるこれはなんなんだ、という話なのですが、そうなのです。実はここに掲載している写真、というか世に出回っているほとんどの写真はまったくの別人なのです。そもそものことのおこりは2010年でした。ロシアのピアニストを研究しているウラディーミル・メドジェーエフ氏が「サクラニツカヤ本人とされてきた人物はすべて別人である」という結論を出し、その後何人かの別の研究者によって同じ結論が出されました。
しかしながら、まったくの赤の他人というわけではありません。「サクラニツカヤとされてきた」彼女の名前は不明ですが、研究者によればサクラニツカヤの親戚筋とのことですし、本物の彼女と会ったことのある人々も「非常によく似ている。間違えてもおかしくない」と証言しています。
で、じゃあなんで別人の写真が今もジャケットに登場していたりするのかっていう話なんですが、これはきわめて簡単な話で、単純にその方がcdが売れるからです。本人の写真が残っていないのでとりあえずなんか載せとけというのもありますが、サクラニツカヤ似の彼女があまりにも容姿端麗なのでジャケ買いしてしまう人が多いみたいなのですね。たしかに私の目から見ても映画に出てきそうな見てくれをしていますし、衝動買いしてしまっても無理はないと思います。
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