はぁい。ハルはいるか? 部屋に入ってよろしいのか? うふむ? 噂には聞いていたが……不思議の一つはここにあるではないか。 あなたたちのボスに頼まれたブツを持ってきた。いや、頼まれていなかったかもしれない。だが、あたしは持ってきた。なぜなら、あたしは親切だから。 はぁい、キャム。早くこの資料を受け取って欲しい。あたしの両手は自由になりたがっている。 キョンなんていう呼びにくいニックネームは好きではない。 今日の昼休みだった。たまたま鉢合わせしたトイレの前で、彼女に質問された。学校の七不思議を知っているか、と。 あたしは知らない。しかし、おそらくそれは、あたしがミステリィ研究部のメンバーだったからだろう。 正確なフレーズは、この高校には七不思議はないの? あなたは知らないと思うけど、ミステリ研に代々伝わってるのがあるんじゃない? ――だった。 ナナフクジンでなかったのは確かだ。高校の七不思議というセンテンスそのものが、あまりにも理解不能だったが、今は把握している。ハルはいわゆる怪談を求めていると判断できた。おそらく彼女はミステリィをオカルティズムの同義語だと思っているのではないか? おお、確かにそのエピソードはセンパイから聞いた。 あたしはまだ参加できていないが、ミステリィ研は夏と冬に合宿に行くことにしている。しかし、合宿先の島が嵐に見舞われたり、スキー場のペンションが雪で閉ざされたことはまだ、北高ミステリィ研の歴史上存在しない。残念でならない、とのことだった。 あたしはその足で部長センパイの教室へ行き、このハイスクールに伝承されているかもしれない七つのフォークロアの有無を尋ねた。そんなものはない、との回答を得たあたしは、トンボとなって帰り、さっそくハルにそう伝えた。彼女は、あっそ、とだけ答えてそっぽを向いた。 それは、あたしにも少し、よく解らない。あたしはセンパイたちに、これらを持って行けと提言を受けた。よって、あたしはここに来た。荷物を抱えて。 彼女は七不思議を求めているのだから、その手助けをしてあげよう。その一助としての参考文献だ。ミステリィ研の蔵書の一部もあるし、ネットから拾いあげてきた知識のプリントアウトもある。 なぜだ? それらはハルのため持参したのに、彼女のためにならないと、キャム、あなたは言うのか? ところで、あなたはいつまであたしのことを、ミス研部員、とか、そいつ、などと呼ぶ? あたしの名前を知っているはずだろう。 はぁん? そうである。 ならばファーストネームの愛称で呼ぶといい。皆、そうしているぞ。 意味不明であるな。 いや、用件がまだ一つある。文芸部の部長に依頼する役目が課されていたのだった。 あなたたちが作った会誌を読んだよ。正直に言うと、あたしには良し悪しが理解できたとは言いがたい。作品集としての出来映えは脇腹に投げるとして、会誌の発行自体が評価できるとミステリィ研のセンパイ方は言っていた。 ミステリィ研でも会誌作りを企画している。長門サンには必ずしも寄稿をお願いしたい。オネガイシマス、とのことだった。 長門サンの書いた幻想ライクでポエティクな文章はなんとなく気に入った。あたしと他の部員たちも意見の一致を見た。文芸部部長の肩書は伊達と酔狂ではないと察する。 部長会議に出席したおりに依頼した、と言っていた。無視された、と言っていた。 どうだろう。まだ発行時期は決定されていない。うっすらと文化祭で出せたらいいな、と目算している程度だ。どんなものでも構わないので一筆、いや一作品、したためて欲しい。いかがどうだろう? おい、キャム、彼女のあの動作は肯定のエビデンスと捉えていいことなのか? ありがとうございます。長門サン。 なかなかよき趣味をしていると思われる。ファンタスティックなミステリィがいっぱいあるな。これはアメイジング。ううふ、うん? ん! おお、これは……Viking Press 版ハードカバーの Thomas Pynchon 『Gravity's Rainbow』!? しかも73年初版!? 長門サン、この本、あたしが借りていってもよいではあるまいか。 おい、キャム、彼女のあの動作は、 ありがとうだ、長門サン! 熟読し終えたら必ず返す。キャムに渡しておけばいいか? 必ず、あたしはそうしよう。 それでは失礼シマス。グレートな感謝を、あなたたちに。 オールタイムベスト1・イン・マイ・ライフをこの場で即断せよ、と、あなたは提言するのか? 対象範囲が広すぎて限定するのが困難だ。アンド、あたしはジャパニーズ本格ミステリィに詳細でないと承知していただかなければならない。 そのシンプルな問いには好感が持てる。もちろん、すべてを読んだわけではないが、あたしの場合を述べると、それは、『The Emperor's Snuff-Box』である。 ベリィライトだとでも言いたいのか? あたしは好きなんだという感情に背を向けることはできない。古泉、あなたのターンだ。 ウーフ。異議はないようだ。長門サンは何か? へえ。 ううむ、アレだろう。きっと。アレのアレだ。 じゃあ、あたしも尋ねるぞ。アントニー・バークリーの中ではどれかを問いたい。ただしアントニー・バークリー名義のものに限る。当然すべてを読んでいるだろう。 『毒入りチョコレート事件』だ。長門サンは? 『Trial and Error』と『ウィッチフォード毒殺事件』も捨てがたい。どちらもユーモラス。とは言え。 ウム。マニアにもビギナーにも推薦できるレアなミステリィ小説である。 次の話者は、誰か? 一つ提案があるので聞くがよい。日本で言うところのネーム・オブ・ア・カントリー・シリーズに限定したい。本当のことを言うと、それ以外をあまり読んでいないことを恥じているあたしは現在進行系だ。『X』や『Y』はともかくなのだが。 あたしの考えを述べると、それは『エジプト十字架の謎』。シンプル・イズ・エレガントだ。 それは本格ミステリィとしてではなく、エンターテインメントとして、ということか。読み方は好き好きだが、ラストシーンに重きを置く、それがあなたの習性なのか? アイ・シー。……長門サンの答えを聞きたい。 なんと『ギリシャ棺』か。長門サンにしては凡庸なチョイスだな! それにしてもイッキー古泉、『シャム双子』を推す人々は断じて多くなくないのではないか? アー、マァ、アレは仕方がない。そう言えば、『シャム双子』には「読者への挑戦」がないことでも有名であったな。他のシリーズの解答編直前にはすべて付いているのに、だ。 これは作者にとって『シャム双子』はそれほどロジックに自信がないということの表明ではないのか。まさか単なる入れ忘れではないだろう。 あたしの頭脳は五里霧中のセンターポジションに隣接している。イッキー古泉、さらなる説明を乞う。よりドルチェに、さらにアダージョで。 オー、何だ。 そう言えばそうだが、それは何だと言いたいのか。 キャラがわずか少しですむな。 あたしは日本人ネームのほうが覚えにくい。しかし、クローズドサークルと「読者への挑戦」がないことと、どうリレーションするのである? なるほど、嵐の孤島や吹雪の山荘等は雰囲気作りにプラス、登場人物を減らし、プロットをシンプリファイするデバイスとしても効果を発揮すると言うのか古泉あなたは。 読者に向かって、ここまで読めば事の真相は明々白々であるゆえ、せいぜい頑張って考えてみたまえ、まあ吾輩が組み上げたこの論理を何から何まで解き明かすことなど、オイルサーディンヘッドにできはしまいがな、WAHAHAHAHA――という余裕綽々さを高らかにトランスミットするためなのではないか? 違うのならば、何だ。 逆とは? 話が飛ぶな。 ハハン。読者はカバー折り返しの登場人物一覧を読むことができるが、登場人物の一員である探偵には読むことができないな。 どうやったのだ? フム。それは so-called、後期クイーン問題か。 読者への挑戦状のレーゾンデートルに関して、であるか。ヘル古泉。クローズドサークルでないのに容疑者を不特定多数未満に抑えることができないタイプのロジック。それに関連があるのか? 「読者への挑戦」をインサートすればいいというわけか。こう書いておけばモアベターであるな。あたかもフェアプレイ精神に則ったように親切心の発露のように、「犯人はこれまでに登場した人物の中にいる」と。 本来なら作者と読者の間にあるはずの暗黙の了解を逆手ひねりにするということか。 筆者=語り手のヴァージョンはクイーンパターンとヴァン・ダインパターンがあるが。 ミスター古泉。あなたのマインドに「読者への挑戦」へのシリアスなオブセッションが印刷されているのはよく理解した。しかし、あたしは必ずしもそうではない。「読者への挑戦」のあるやなしやをあまり意識しない。それはストレートなフーダニット、エラリー・クイーン作品を読むケースでもだ。 そこまで結論してしまうと、原理主義者のようで、ア・リトル、ガエンジしがたいものを感じる。 長門サンにとっての本格ミステリの条件とは何か? アア、あたしには解るようだ。「アンフェアでない」ということと「フェアである」ということはイコールではない。つまり、本文に嘘が書いてなければそれでいい、と彼女は言いたいのである。いや、むしろ嘘が書いてあったとしても、いかようにも考えたら解るような嘘である場合は気にしないのだ。 それでも構わない、というのが長門サンズ・ステイトメントだ。たとえ三人称視点の地の文にフェイクが混入していたとしても、彼女は見破ることができるだろう。 長門サンほどになると行間を通して作者の意図をリーディングするなど、三歳児のアームに小手ひねりをかけるよりもイージーテクニックなのだ。それに、一人称と三人称は究極的には同じものだ。一人称はキャラクター的視点の叙述形式だが、三人称は作者視点の一人称形式だ。主語を省いているだけである。 むしろ、三人称神視点である文体は、早い話が作者による一人称なのだから、どう叙述しようが自由自在であろうし、人によっては嘘もミクスチャーされようというものであろう。 はじめまして、よろしく。 しないでもない。 ドレスで。 いいよ。 もう、こんな時間。 楽しかった。 そんな感じ。 テニスの時はドレスで、テニスが終わってからはテニスウェアを。 汚れてるし。 まさか。盗聴器。 トレーサー? まあ。どうして解ったの。 これからどうするの。 え。 こんなところに入ったの初めて。 もちろんのこと、真実だ。キタ・ハイスクールのフェイマスガール、鶴屋センパイを知らない人類はノーバディに決まっている。 それはキャム、あなたしには、そんなあなたがインクレディブル。 ではキャミィならよいのか。 あたしに意見せよと言うのか。 まずは長門サンの感想をお伺いしたい。いかがどうであろう。 キャム、なぜゆえあなたは長門サンの真意を理解しない。彼女が言うには、現時点ではあらゆる可能性が網羅されているため、一つの真相にコンパージするにはデータがミッシング状態をキープしているということなのだ。 しかし古泉、あなたなら、何らかの推論をプレゼント可能なのではないか? 嘘を書いていない。しかしながら手掛かりの明示もない。かと言って、それをもってフェアではないとも断言できない、ということなのか? 長門サン? 晴れてよかったですね。 本当に、そうですね。 鶴屋さんが羨ましい。いつも自由そうで。 ええ、鶴屋さんと知り合えたのは幸甚でした。それまでは、父のお供はただ退屈なだけでしたから。毎回でないにせよ、こうして鶴屋さんとお会いできて、わたしはとてもありがたく思っています。 いいえ。鶴屋さんが話してくださる様々なことをいつも楽しみにしています。鶴屋さんの学校生活は楽しそうですね。 鶴屋さんは、どこかの部活動に所属しているのではないのですね。 はあ。 鶴屋さんは自由意志でそうなさっているのでしょう? わたしには部活動を選ぶ自由もありませんでした。 古典詩の朗読サークルです。 いえ、ゲーテやボードレールなどです。たまにブロンテ。 ええ。父の強制です。従う義務はないのですが、父が多額の寄付金を使用して理事長と学校長に働きかけ、わたしをそこに押し込んでしまいました。 読んでいるところを見たことがありません。おそらく、最も害のなさそうな部活を選んだのでしょう。部員はわたしを含めて女子数人のみです。ですから、せめてもの抵抗に、わたしはそのサークルを「死せる詩人の会」と呼んでいます。 はい。 とても厳しいですが、それ以上に優しい人です。感謝することはあっても、嫌うことはありません。ですが――部活くらいは、と思っていたのですが。 わたしの通う高校はお堅い校風で知られています。あまり自由闊達な部活動が許されていないのです。 その方々のお話もまた聞かせてください。仄聞したところ、さぞ素敵な人たちなんでしょうね。 ふふっ。 やっぱり、とても楽しそうな学校で羨ましいわ。 解ったわ。考えておきます。それでいい? それとお嬢様というのはやめていただきたいわ。特に人前では、恥ずかしいんですもの。 そうですか。 温泉から出る時間の決定権すら、わたしにはないのかしら? ……鶴屋さんがそう言うのなら。行きましょう。 夜の懇親会にはまだ時間の余裕があるはずです。この地方の風景をもう少し楽しんでいたいわ。 これくらいはいいでしょう? せっかく温泉地の近くに来たのですから。羽は伸ばせずとも、少々足を延ばしても。 現代のこの場で馬車を例に出す必要を認めません。ですが、どなたに感謝を? その方々に尽きせぬ感謝を捧げます。これでいい? 何かしら? 時季外れのハロウィンではなさそうね。何かのお祭り? 運転手さん、止めてくださらない? わたしの時計によると、まだ二時間かそこらの猶予はあるはずよ。このままホテルに戻ってもパーティまでの待ち時間に居眠りをしてしまいそう。あなたはわたしに寝起きの顔と頭でお父様のお友達の方々に挨拶しろと言うのですか? 鶴屋さん。 では、わたしたちも参加しましょう。 どうです? どこか、おかしなところはありませんか? あなたもとてもお似合いです。鶴屋さん。 こんなところで、お嬢様はやめて。 黙っててくださらない? コンテストの審査は辞退します。事情があって、少々先を急ぎますので。ごめんなさい。でも、とても楽しかった。 機会があれば、また参加してみたいわ。来年のスケジュールはどうなっています? 父は鶴屋さんをとても気に入っているから、鶴屋さんと一緒におこなう大抵のことは許してくれるでしょう。 いいえ。この後は予定通りで。 温泉と葡萄踏み、逆だったら丁度よかったですね。 ここはギリシャではありませんが、でも、だといいですね。 あたしは未だ日本の現代国語に小さじ一杯ほども精通していない。一つ問わせていただくが、鶴屋センパイの文章は一般的な日本文学のスタイルに則って書かれているであるものなのか。 漢字かな交じり文はとても難しい。日本人の頭はどんなコンストラクションをしているのか、あたしは知りたい。フォノグラムとイデオグラムをミックスして使うことを思いついた人間はソークレイジーだ。せめてカタカナかヒラガナかどちらか一つだけ選択できるようにしてもらいたい。 よくもこんなややこしい文字システムをクリエイトして後世に残してくれたな。ロ兄ってやまないぞ。その彼、もしくは彼女を。 それならば、あたしにも解るぞ。If the attendant had said it in this situation it would have sounded sarcastic.……とでもトランスレイトすればいいか? あたしにとっては、そうだな……限りなくアウトに近いセーフでない何かだ。 長門サンが言うなら、あたしは長門サンのフレンドリィでよい。限りなくセーフに近いセーフではない何かに訂正するものである。 あたしはハルに感謝しているのだ。日本語文学のリーディングが上手くないあたしには、ヒアリングのほうが助かるのだ。それにハル、あなたのボイスは比類なく明瞭である。アズイフ、オーディオドラマを聴いているかのようだった。 あたしも長門サンに同調する。アリに一票カウントいただきたくがよろしく。 あたしも、長門サンにアイシンクソーだ。 一つよろしいであるか? 2に登場するアテンダントが男性体であるエビデンスは確実化されているのか? ストーリーのどこにそのようなエレメントがあったか、日本語が自由に振る舞えないあたしにご教示ご鞭撻をお願いしたい。 なるほど。あなたたちが納得しているというファクトをあたしは知った。あなたたちがそれでよいと感じるあたしは長門サンに尋ねる。ハルたちは正解に辿り着いたのか? ……キャム、今の長門サンのムーブはどのように捉えたらよいことなのだ? たまにする。しかし、あたしはフーダニットの担当ではない。スペシャリティでないのだ。真相に到着した例がない。どちらかと質問されると、あたしはアイズリーディングオンリーを好む。 それにだ、これはSOS団の諸君へのプロブレムであろう? アウトサイダーのあたしはサイドラインから目一杯のエールをあなた方にプレゼントするのみである。 キャム、コザイクとはどういう意味だ? フーコーメービと発音するチャイニーズテキストは何を意味する文字列なのか? ヒョウタンからコマとは? あたしの顔に何かの模様が浮かび上がっているというのか、長門サン? 何のことですか? キャム。 その超小型ピンマイクが拾った音声があたしの携帯に飛び、そこから鶴屋サンの携帯にトランスファーされる。鶴屋ファミリーとあたしの父が提携するラボラトリーが編み出した最新型なのだ。内部情報の詳しいことは存じ上げないが。 うむ。彼女は正確なイディオムと硬めの文法を使う。発音はほんの少し母音過多なのが玉に瑕。 あたしは異国から遠路はるばる学びに来た留学生だぞ。学生は勉学に励む生き物であろう。スクールをボイコットしてまで退屈なだけのパーティなんぞにうつつを抜かしている時間など存在していいはずがない。 正確な意見を述べると、ちょっとハラハラしていたことを言っておく。 まだミランダが読み上げられていないようだが……。 論より証拠をご覧に入れる。七年ほど前、とあるパーティにて激写したスナップショットだ。 アドレスをよろしく教えて欲しい。そこに送るものである。よいな? 鶴屋サン。 先程の質問とのバーターでお答えする。エピソード3に関しては、事前にあたしも了承していた。 それもあるが、日本語文章の叙述トリックなどあたしにとってお手上げだ。説明したくてもできないぞ。 ショウコのことはよく知っている。ロングアゴー、彼女とは鶴屋サンの紹介で知り合った。真実の年齢より若く見えるオリエンタルビューティだ。来年には大学を卒業するはずだ。 我ら三人はそれぞれ同じファミリー内ポジションに存在するのだ。畢竟、出向く先々でフェイス・トゥ・フェイスの機会が訪れるのは高確率、したがって、親しいフレンドシップが始まったのである。 ついでに本当のことを言うと、そのストーリーに登場するミスタードクターは、あたしの兄だ。彼とショウコとは何年も前からネンゴロの仲だ。あたしには複数の兄がいるが、彼はその最古参である。 今現在、傷一つなくピンピンしている。研究に夢中でショウコを放置気味に扱っていると音に聞こえている有様だ。このままでは彼女が未来のあたしの姉になるかどうか、瀬戸際が迫っているのではないかと思案しているところだ。 それなのだが。我がクラスの友の皆からの命名なのだ。 オッティーリエ・アドラステア・ホーエンシュタウフェン=バウムガルトナー。今後ともお見知りおきを希望する。 実は付いている。正式な名乗りでは使用するが、正直な感想を言うと、しばしば煩わしい場合が多く、そして、ただでさえ覚えていただきにくいファミリーネームのため、いつもは省略しているのだ。了承願いたい。 いまだかつて、こんなにもプレジャブルなニックネームを付けられたことは初めてだ。実に気に入った。 日本語の名前には、ただ音だけでなく有意であるものが多いと聞く。ハルはスプリングデイ、古泉はオールドスプリング。フフ、面白い。長門サンはロングゲートだな。 しかし、あたしの名前には日本語変換できそうな特別な意味はないようだ。自分の名称が気に入らないわけではないが、古い悲劇に出てくる登場人物みたいなのが少しメランコリー。 具体的に白状するのは難しい。なぜならば、いつの間にか読書嗜好となって我が身に刻まれていたからだ。おそらく、兄の影響だ。 いや違う。 一番下の兄、つまり、あたしの双子の兄だ。 あなたは失礼な人間だな、キャム。あたしは属するところはオーソドックスだ。 あたしと顔はほぼ同一だから、それほど変わらない。見て楽しめるかは疑問手だ。 アー……。その兄は、ウム、何と言えばいいのであろう……社交的な場に相応しくないというか、空気を読むテクニックに欠けるというか、無礼というか、尊大というか、ボヘミアンというか、ファットウセイ、適当な日本語が出てこないような人物なのだ。 彼が現在どこにいるのか、あたしは知らない。家族の誰も知らないのではなかろうか。父が慌てる素振りを見せないので安心だとは思われる。クリスマスには実家で顔を合わすことになろう。 幼き頃より、兄は書籍の音読を習慣としていた。あたしはそれを聞いていた。その中にミステリである書が数多く存在した。それ以外考えられない影響によって、それはあたしの趣味と同一化したのだろう。 鶴屋サンはあたしの師匠なのである。 多岐にわたる。だが、主に日本語だ。世話になった。 ヘンとはなんだ。あなたたちのような母国語スピーカーにはほど遠い自覚はあるが、鶴屋サンはたいへんチャーミングな話しぶりであると太鼓判を押してくれたぞ。 あたしの日本語が独特とはいかなる意味か? 日本人はどちらかというとパニュルジュの羊的な人種であるから、多少、人と違っていた方が愉快な人間だと思われる、と教えられたが、まさか。卒爾ながら少しばかり尋ねるが、あたしの言葉遣いは何やらどこか風変わりなのか? 感謝を、ハル。そう言っていただけてコンフィデンスを獲得した。あたしはこれからも鶴屋サンを師と仰ぎ、彼女とともに語学を研鑽していく構えを取るだろう。 もちろんだ。ハル。何なりと疑問を投げつけるがいい。 な――なんのことだろうか。あたしには皆目、アイキャントゲットノーアイデア……。 キャム、このアジトの気温は熱しすぎなのではないか。そうか、これが聞きしに勝るジャパニーズサマーヒート現象というやつか。 なぜ、そのような結論に辿り着いたのか、あたしは疑問に思う。そして知りたいと思う。あたしたちは、どこで失敗したのだろうか? ミステリ研のボス、部長センパイだ。ハル、あなたが学校の七不思議を探索しているのを知り、即興で編んだものだ。 そこまでバレてしまっては、どうしようもならない。こう言うとき脱ぐものが日本にあったはずだが、あいにく持ち合わせていない。今度来るときにはシャッポを用意しておく。だがしかし、いくつか訂正したく試みる。 まずだが、エピソード1は完全に事実だ。さっき見せた写真はその時に撮影された。 そして次に、エピソード2もほぼ事実だ。多少脚色をミックスしたパートは存在する。あの祭りだが、そこそこ有名なフェスティバルなので、そのまま書いてしまうと即座に国バレする恐れがあったのだ。よって少しのほどウィアードなものにしてしたためた。 言っておきたいのは、ショウコは実在する。当然、我が兄とタケナオ・ノットベもだ。しかし、ハルの推測のように、事件は発生していない。兄と彼はあたしと鶴屋サンのように長い付き合いを所有している。 また、作中ではタケナオを比較的バッドテイストに書いているが、本人は決してそうではないと声を大にしておく。ネームカードを使ったジョークなどしないし、自分の名前でスタンドアップコメディを演じることもない。する時があれば名前に注目し気づいた人物に対してのみだ。 いいのだと思う。質問の前に言うが、企画・発案は部長センパイだ。アイデアの提供はあたしと鶴屋サンであるが、シノプシスはミステリ研全員でおこなった。エピソード3のシナリオは骨格をボスが執筆したものを鶴屋サンがリライトした。エピソードワン・ツーは鶴屋サンが書いたものをボスが一部修正した。 エピソード3のシナリオは骨格をボスが執筆したものを鶴屋サンがリライトした。エピソードワン・ツーは鶴屋サンが書いたものをボスが一部修正した。名前の使用に関しては、ショウコとタケナオの許諾は得ている。 これは実際にあった出来事をモチーフにした脚色ストーリーだ。次の文化祭で発表するミステリ研の推理アトラクションに使おうと思っていた。あくまで鶴屋サンには協力いただいた次第である。 今回のあなたたちの推理過程、および指摘により、いくつか修正事項が発見できた。ミステリ研を代表し、あたしはあなたたちに感謝する。 あなたたちに頼んだのは、鶴屋サンの進言でもあるが、一つはキャム、あなたのせいだ。キャム、あなたが会誌に載せていたプライベートノベルがアイデアの元になったのだ。ゆえに、真っ先にあなたがたに提示するのが仁義というものだ、と部長センパイは言った。 もっとも、あなたたちを一杯引っかけてやりたかった、と鶴屋サンが目論んでいたことも事実で内緒だ。 ハルに訊く。一番の問題点は何だっただろうか? 実はこの問題文からでは、エピ1と2の「彼女」の正体がショウコではなくて彼女以外の誰かだとアイデンティファイできないのだ。手掛かりになるヒントをどうテキスト化するべきか非常に悩ましかったのである。なぜなら、それがあたしであることは能う限り包み隠さねばならなかった。 手掛かりになるヒントをどうテキスト化するべきか非常に悩ましかったのである。なぜなら、それがあたしであることは能う限り包み隠さねばならなかった。しかしながら、あなたたちのおかげで曇り空に光の梯子が降りてきた気がする。 ハルと古泉と長門サンなら何とかしてくれるのではないかと夢想していた。しかしであるが、長門サン、何故あたしのヘアークリップが怪しいと見当を付けたのだ? キャムに渡すときにオフだ。 さすが長門サンだな。あたかもヒトコトヌシである。 ファミリーの仕事を果たしているのは間違いない。むしろ鶴屋サンがこの地を離れる時期に狙いを定めた企画だったのだ。彼女に無理を強いたのではないことだ。 話してはいない。ハルが勘づいた。 部長センパイはやや不本意そうであった顔をしていた。ハウエバー、この機を逃すといつになるか不安だったのだ。このジャパニーズビスケット、なかなかビミしいな。 最善を尽くすなら何日か前から付けるべきだった。それをしなかったのは、 今日のことに深い感謝を送る。やはり、あなたたちはプレジャーな存在であると知った。鶴屋サンから聞き及び、イメージしたものと相違がなかった。サンクスフレンズ。 今度はブラウン神父の短編ベスト作品を挙げよう。